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今日はファズラー・カーンの誕生日。これにあわせてGoogleトップページのロゴも特別イラストに変更されている。ところで、ファズラー・カーンってどなた?

ファズラー・カーンはバングラデシュ生まれで、後にアメリカに移住した世界的な建築家。このロゴ変更はGoogleの記念日ロゴ「Doodle」(ドゥードゥル)によるものだ。Doodle公式webサイトによれば、今日の特別ロゴは日本の他にも、ファズラー・カーンの生まれたバングラデシュや米国、英国やポルトガルなど一部の国・地域で見ることができるようだ。今日はそんなファズラー・カーンの生涯を辿ってみよう。

ファズラー・カーンは1929年4月3日、当時イギリス領インドの一部だったバングラデシュのダッカで生まれた。数学の教師であった父親のアブドゥルの影響下、ファズラー・カーンは優秀な学業成績をおさめ、ダッカ大学で工学を学ぶ。



その後、ファズラー・カーンはフルブライト奨学金を得て1952年にアメリカ合衆国へ留学、イリノイ大学で建築の構造設計を学び、博士号(PhD)を取得する。優秀な学業成績をおさめた彼は米国の建築事務所であるスキッドモア・オーウィングズ・アンド・メリル(SOM)に就職した。SOMは東京ミッドタウンやドバイのブルジュ・ハリファなどを手掛けた大手設計事務所。ファズラー・カーンの将来は約束されたようなものだった。

ファズラー・カーンはSOMでその才能を存分に発揮した作品を発表する。中でも有名なのは、「ジョン・ハンコック・センター」および「ウィリス・タワー」という二つの高層建築である。

ジョン・ハンコック・センター

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ファズラー・カーンを一躍世界的建築家にしたのがこのジョン・ハンコック・センター(1969年)である。ひときわ目を引くのがその外観である。建物を支えるフレームなどの構造物がむき出しになったデザインは、後にレンゾ・ピアノ&リチャード・ロジャース(ポンピドゥー・センター)やノーマン・フォスター(香港上海銀行・香港本店ビル)の建築でよく見ることができるが、このファズラー・カーンによるジョン・ハンコック・センターはそうしたハイテク建築の先駆的作品とみなされている。

ジョン・ハンコック・センターが革新的だったのはそのデザインだけではない。構造そのものも優れた設計がなされている。外部にむき出しになったフレームから構成される筒状の構造物により建物を支えるというチューブ構造は当時としては革新的であり、この方法により超高層建造物の設計が可能となったのである。

ウィリス・タワー

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ファズラー・カーンのもう一つの代表作がウィリス・タワー(旧称シアーズ・タワー)だ。これもジョン・ハンコック・センターと同様シカゴに建てられた高層ビルで、1973年の完成当時、442メートルという世界一の高さを誇った。

このウィリス・タワーは現在に至るまでシカゴを象徴する観光スポットであり、シカゴを一望できる展望デッキは世界中からツアー客を集めている。

ファズラー・カーンは1982年、サウジアラビアを旅行中に52歳の若さで亡くなった。彼はその短い生涯の間に多くの高層建築を手掛けた。ファズラー・カーンの作品は現在でも多くの人々に親しまれており、著名な建築家の作品を集めたレゴのシリーズ「LEGO Architecture」ではファズラー・カーンの代表作「ジョン・ハンコック・センター」も収録されている。興味を持った方は手にとってみてはいかがだろうか。