Ernesto Che Guevara and Fidel Castro
オバマ大統領は17日、キューバとの国交回復に向けた交渉を近く始めると発表した。

アメリカ合衆国とキューバの国交は1961年以来50年以上も断絶しており、今回の国交交渉が成功すれば歴史的な外交事業となる。一体両国はこれまでどのような歴史を歩んできたのだろうか。

1959年:キューバ革命の勃発
1898年の米西戦争以来、キューバはアメリカ合衆国の半属国状態であり続けた。対米従属は50年代のバティスタ大統領の時代に頂点を迎える。

これに反旗を翻したのが現在の国家元首ラウル・カストロの兄、フィデル・カストロである。カストロは親友のエルネスト・ゲバラ―通称チェ・ゲバラ―と組んでゲリラ闘争を実施。バティスタ政権を打倒し、カストロは議長に就任する。ここに社会主義を標榜するキューバ共和国が誕生した。

革命が実現したキューバをアメリカはよく思わなかった。革命政権の側もキューバ内の米企業の国有化を実施。ここに両国の対立は決定的となった。そこに目を付けたのがソ連である。3か国の思惑が交差し、革命勃発から3年後、世界史に名を残す事件が発生する。

1962年:キューバ危機
1962年10月、米国のU-2偵察機はキューバに不審な建造物を発見した。ソ連が核ミサイル基地を設営していたのである。ワシントンまで目と鼻の先の距離に核ミサイルが配備されることに米国民は恐怖した。米ソの緊張は高まり、核戦争の危機が現実味を帯びる。

結局、米国のケネディ大統領とソ連のフルシチョフ総書記はホットラインで電話会談を行い、ミサイル配備中止の合意にこぎつけることに成功した。当時の様子は映画「13デイズ」でドラマティックに描かれている。


 
冷戦終結とフィデル・カストロの引退
1991年12月、ソ連は崩壊。これに伴う物資流入の停滞はキューバ経済に打撃を与えた。キューバから米国への亡命者の増加と相まって、経済制裁や渡航制限も一部解除の方向へ向かう。

2008年、フィデル・カストロは病気のため、国家元首を引退。代わって弟のラウル・カストロが議長に就任した。ラウルは部分的に市場経済を導入。少しずつキューバの側も変わりつつあった。

そうした中での今回の国交交渉である。オバマの申し出に呼応して、すでにラウルの側も好意的な声明を出したとの報道もある。歴史的な瞬間を前に、今後の続報を待ちたい。