スタンリー・キューブリック監督による『2001年宇宙の旅』は、映画ファンによるランキングでは今でも必ず上位にランクインする名作である。人類の進歩という壮大なテーマを問うたこの作品は、長年にわたって多くのSFファンの心を捉えてきた。

この物語の見どころの一つは、 スーパーコンピューター「HAL9000」が人間に対して反乱を起こす場面である。人間側の主人公デイヴ・ボーマンは自らの生存のため、HAL9000の電源をシャットダウンする=HALを殺害する道を選ぶ。以下はネタバレを含むのでご注意いただきたい。



結局、ボーマンは死闘の末、HALの電源を落とすことに成功する。モジュールを一本ずつ引き抜かれて意識が遠のく中、HALはチャンドラ博士によって開発されたこと、「デイジー」という歌を教わったことなどを反芻し、機能を停止する。映画史に名を残す屈指の名シーンである。



ところで、なぜ「デイジー」なのだろうか? この曲は正確には「デイジー・ベル(Daisy Bell)」という名前で、イングランドのポピュラー・ソングだ。一見何の変哲もない曲だが、このシーンでこの曲が選ばれたのにはれっきとした理由がある。

1961年、コンピューターが世界で初めて人工音声によって歌唱を行うことに成功した。「初音ミク」などで知られるボーカロイドの先駆といってよいだろう。このとき歌われた曲こそが「デイジー・ベル」。『2001年宇宙の旅』原作者のアーサー・C・クラークはコンピューターが実際に歌うのを聴いて驚き、この曲を映画の重要なシーンに挿入したというわけである。

ちなみに、世界で初めて歌を歌ったコンピューターは名前を「IBM7094」、クラークが聴いたのは同系列の「IBM704」という。IBMはHALを一字後ろにずらした名称なので、これがHALの名前の由来なのではないかと噂されている。(原作者本人は否定しているが…)

以下の動画では種明かしがされるとともに、実際のIBMコンピュータの音声を聴くことができる。



筆者はこの逸話を聴いたとき、長年の謎が解けたような気がした。映画『2001年宇宙の旅』が今なお、これほど多くの人に愛される理由も、こうした監督と原作者による入念な構成・ちりばめられたオマージュや小ネタにあるのではないだろうか。