現代フランスを代表する知識人であるピエール・ロザンヴァロン(Pierre Rosanvallon)の名前は、わが国では専門家を除いてほとんど知られていない。しかしながら、豊富な歴史知識に裏打ちされた彼の政治哲学は、現代社会に多くの示唆を与えてくれる。民主主義や福祉国家について積極的に発言を行っているピエール・ロザンヴァロンとは一体どのような人物なのだろうか?

ロザンヴァロンは1948年、サントル地域圏のブロワに生まれた。名門グランゼコールであるHEC経営大学院を1969年に卒業するなど、順調にキャリアを開始する。

この間、ロザンヴァロンは政治活動へ没頭した。労働組合のCFDTや統一社会党へ参加し、76年には左翼運動に思想的基礎を与える著作『自主管理の時代』(L'Âge de l'autogestion)を発表、一時は政治家となる道も噂された。

ところが、ロザンヴァロンは研究に復帰する。1979年、クロード・ルフォール(Claude Lefort)の指導下で、近世~近代の経済思想をテーマとした第3課程博士論文『ユートピア的資本主義』(Le Capitalisme utopique)を執筆し、続いて1985年には19世紀前半の自由主義を扱った国家博士論文『ギゾーのモーメント』(Le Moment Guizot)を完成させる。これによりロザンヴァロンは歴史研究者としての地位を確固たるものとした。
 
とはいえ、ロザンヴァロンは社会参加への志向を捨てたのではなかった。1982年にはフランス革命修正派の歴史学者として知られるフランソワ・フュレと共同で「サン=シモン財団」を設立。学界と財界を接続するシンクタンクとして、フュレの死後、1999年まで活動を続けた。なおサン=シモン財団からは、『21世紀の資本論』で脚光を浴びている経済学者トマ・ピケティなども輩出した。

ロザンヴァロンが主として研究に従事した機関は社会科学高等研究院(EHESS)である。フュレも院長を務めたこの機関で、彼は主任教授として研究・教育に携わった。2001年にはフランスの最も権威ある学術機関の一つ、コレージュ・ド・フランスの近代政治史講座担当の教授に任命される。現在はコレージュで政治哲学をテーマとする講義を行いつつ、主として研究活動に従事している。

国家博士論文脱稿後のロザンヴァロンの仕事は、主としてフランス革命後の近代民主主義を主題とした政治哲学の領域で展開されている。1990年の『フランス国制史:1789年~現代』(L'État en France de 1789 à nos jours)を皮切りに、2004年の『フランス型政治モデル』(Le Modèle politique français)に至るまで、フランス革命によって打ち出された一般意思に基づく政治原理の持続性を強調した。

他方でロザンヴァロンは、社会福祉についても積極的に発言を行っている。1981年に発表された『福祉国家の危機』(La Crise de l'État-providence)、あるいは近年の『連帯の新たなる哲学』(La nouvelle question sociale)がそれだ。

このようにロザンヴァロンの研究テーマは多岐にわたるため、わが国では幅広い領域の研究者によって受容されている。例えば、歴史学では19世紀史を専門とする喜安朗小田中直樹が著書でロザンヴァロンに言及している。法学では高村学人がロザンヴァロンに依拠して法制史の論文を書いている。

さらに、社会思想史では北垣徹や田中拓道がEHESSに留学し、ロザンヴァロンの指導を受けている。ロザンヴァロンを含むEHESSの政治哲学派については宇野重規『政治哲学へ』が参考になる。研究の全体像把握が困難なロザンヴァロンだが、フランス現代社会科学を理解するうえで避けては通れない研究者だと言えるだろう。