フランス社会科学高等研究院(EHESS)では現在、日仏高等研究センター設立に向けて研究者同士の交流が盛んとなっている。日仏財団のセバスチャン・ルシュバリエ理事長を中心に、プロジェクトが急速に進められているのだ。

そうした研究者交流の一環として 11月より、東京大学総合文化研究科の三浦篤教授がパリへ招かれ、一カ月にわたって連続公演を行う。プログラムの詳細は以下の通り。
Mercredi 12 Nov 2014 de 15h à 17h
«Les peintres japonais à Paris entre 1878 et 1914»
dans le cadre du séminaire d'Eric MICHAUD «Figures de l’homme nouveau, entre révolution et conservatisme (XIXe-XXIe siècles)»
Lieu : EHESS (105 bd Raspail 75006 Paris), salle 2

Jeudi 13 Nov 2014 de 9h à 12h
«Assimilation et diffusion réciproques des cultures française et japonaise à l'époque moderne et contemporaine» 
avec les interventions de Yoko TSUCHIYAMA (EHESS), de Léa SAINT-RAYMOND(ENS), de Deborah LEVY (Paris 8) et de Sabine PASDELOU (Paris 10)
Lieu : EHESS (190 av de France 75013 Paris), salle 662 (6ème étage)

Mercredi 19 Nov 2014 de 18h à 20h
«Les modalités de l'écriture dans la peinture française de la seconde moitié du XIXe siècle - sous rapport de l'art japonais et du japonisme»
Conférence organisée par la Fondation France- Japon de l’EHESS. 
Discutante : Béatrice FRAENKEL (EHESS)
Lieu : EHESS (190 av de France 75013 Paris), salle 640 (6ème étage)

JEUDI 20 Nov 2014 de 11h à 13h
«Raphaël Collin, entre le Japonisme et la peinture japonaise moderne»
dans le cadre du séminaire de Brigitte DERLON «Art et appropriation : bilan anthropologique»
Lieu : EHESS (105 bd Raspail 75006 Paris), salle 8 
三浦篤教授はフランスを中心とした西洋近代美術史の第一人者。『まなざしのレッスン1 西洋伝統絵画』などの入門書も手がけている。

そんな三浦教授が今回EHESSに招かれたのには理由がある。従来、EHESSにおける日本研究は経済部門が中心で、昭和期の高度経済成長の要因などといった点に注目が当てられてきた。しかしながら、今後は社会経済のみならず、人文・芸術分野における研究者交流をより盛んにしたいとの考えから今回の招聘が実現したのだ。

なお席数には限りがあるため、連続講義への参加は ffj@ehess.fr へ事前にメールを送る必要があるとのこと。詳しくは日仏財団の公式サイトをチェックされたい。



source: ffj.ehess.fr

パリの交通手段といえばメトロ(地下鉄)が有名だが、近年注目を集めているものにレンタサイクル「Velib'」(ヴェリブ)がある。

ヴェリブはパリ市が運営する貸自転車で、利用料を支払えば一回30分まで無料で乗ることができる。ストライキ等でメトロが使えないときなどに重宝する交通手段として、近年パリ市民や観光客の注目を集めている。

通常の観光なら一日券や一週間券で十分なのだが、パリに長く滞在するとなると年間パスがあった方がよい。しかし利用者登録の仕組みはなかなか複雑なので、以下で年間パス購入方法を紹介する。パリ在住の読者の参考になれば幸いである。

ステップ1:カードを入手する

まず最初にすることは利用者カードの入手である。カードは区役所などで無料配布しており、場所は以下の地図に記載してある。また郵送で入手することもでき、詳しくは公式サイト(http://www.velib.paris.fr)を参照されたい。



ステップ2:公式サイトで登録する

次にすることはヴェリブ公式サイト(http://www.velib.paris.fr)における利用者登録である。トップページの左側にある「M'abonner」の欄から登録できる。年間29ユーロの通常版の他に、39ユーロで45分まで無料となる「Vélib' Passion」、また各種割引プランが選択できる。個人情報・クレジットカード情報を記入して登録料の支払いが済めば、登録完了だ。

登録後、「登録番号(Numéro d'abonné)」「アクティブ化コード(Code d'activation)」「暗証番号(Code secret)」の3つが発行されるので、メモしておこう。

ステップ3:ステーション(ボルヌ)でアクティブ化する

ステップ1で入手したカードと、ステップ2で発行された3つの番号を使って、自転車が停まっているステーション(ボルヌ)の機械でカードをアクティブ化すれば、登録完了だ。機械の指示に従って登録作業を進めればよい。詳しいやり方はヴェリブの公式ブログを参照のこと。登録が完了すれば、次回以降はカードを機械にかざすだけで自転車を取り出すことができる。交通ルールに注意して、パリ市内のサイクリングを 楽しんでほしい。

建築や歴史に造詣の深い方なら「クロード=ニコラ・ルドゥー」の名前を聞いたことがあるだろう。18世紀フランスで活躍した建築家であり、「ショーの理想都市(アルケスナン王立製塩所)」、「ブザンソンの劇場」などの作品を残した。

しかしながら、その後長く忘れ去られ、再評価が行われたのは20世紀半ばだった。エミール・カウフマンによる研究がルドゥー再評価の嚆矢となり、現在では磯崎新が高く評価し、「つくばセンタービル」の柱にルドゥーからの引用を行うなど、建築界では一定の地位を得ていると言ってよい。



そんなルドゥーが長く正当に評価されてこなかった原因の一つに、彼の王権とのつながりがある。ブルボン王朝のために作品をつくったことで、フランス革命後、旧体制の象徴として低く評価されてきたのである。

ルドゥーと王権のつながりを如実に示す作品に「パリの市門」がある。パリを取り囲む「徴税請負人の壁(フェルミエ・ジェネローの壁)」 に設けられた門で、入市税・通行税を徴収する関所の機能を果たした。そのため民衆から忌み嫌われ、革命後に破壊の憂き目にあう。多いときは40箇所を超えた市門も、現在では4つしか残っていない。

本エントリでは現存するルドゥーによるパリの市門のアクセス方法をまとめた。ルドゥーに興味がある読者の観光のサポートになれば幸いである。 

1. ラ・ヴィレットの市門(Barrière de la Villette)
所在地:6-8 Place de la Bataille de Stalingrad, 75019 Paris
最寄り駅:スターリングラード(メトロ2・5・7号線)、ジョレス(メトロ2・5・7号線)
近くのスポット:北駅、東駅、ビュット・ショーモン公園、サン=マルタン運河
地図:


2. シャルトルの市門(Barrière de Chartres)
所在地:4 Place de la République Dominicaine, 75017 Paris
最寄り駅:モンソー(メトロ2号線)
近くのスポット:モンソー公園、日本大使館、サル・プレイエル
地図:


3. トローヌの市門(Barrière du Trône)
所在地:9 Avenue du Trône, 75011 Paris
最寄り駅:ナシオン(メトロ1・2・9号線、RER-A線)
近くのスポット:ナシオン広場、ペール・ラシェーズ墓地、エスパス・ハットリ
地図:


4.  アンフェールの市門(Barrière d'Enfer)
所在地:Place Denfert-Rochereau 75014 Paris
最寄り駅:ダンフェール・ロシュロー(メトロ4・6号線、RER-B線) 
近くのスポット:モンパルナス墓地、カルティエ財団、モンスリ公園
地図:

今日10月28日は、医学者ジョナス・ソークの生誕百周年である。ポリオ(小児まひ)のワクチンを開発した人物として知られる。これに伴い、Googleトップページも特別イラストに変更されている。記念日にあわせてロゴが変更される「Doodle」によるものだ。

ジョナス・ソークは1914年10月28日、ニューヨークの貧しいロシア系ユダヤ人の家庭に生まれた。ニューヨーク大学で医学を学び、1950年にポリオ・ワクチンの試験に成功した。

ポリオは20世紀半ばまで世界中で流行していたが、ワクチンの開発により21世紀現在ではほとんどの国で根絶が実現された。WHOは現在でも根絶に向けて最終的な取り組みを続けている。

Doodleでは「Thank you Dr Salk」と書いたプラカードを持った子供のイラストが描かれている。ワクチン開発に際して個人的な利益は一切求めなかったソークの人柄をしのばせるものだ。

ソークの言葉に「成功するかどうかは、その人の能力より情熱に負うところの方が大きい。自分の仕事に身も心も捧げる人こそ勝利者となるのだ」というものがある。ポリオ・ワクチンの開発に生涯をささげた人物の口から発せられた言葉であるだけに、説得力を持つ。今日はジョナス・ソークの偉業に思いを馳せながら、自らの目標にむけて思いを新たにする日にしたいものだ。

京都国際マンガミュージアムで11月1日より特別展「青池保子 華麗なる原画の世界 ~「エロイカ」から「ファルコ」まで~」が開催される。

青池保子は『エロイカより愛をこめて』、『アルカサル-王城-』などのシリアスな歴史ロマン作品で知られる少女漫画家。今年2014年で漫画家デビュー50年を迎える。今回の特別展はこれを記念するもの。300点を超える原画が展示され、青池保子の個展はこれが初だという。

さらに特別展タイアップ企画として、青木書店から図録が発売される。すべてのイラストに作者本人のコメントが付けられており、ファン必読の一冊といえる。

なお関連イベントとして、2015年1月17日(土)には本人によるサイン会も行われる。先着100名限定のため、午前10時の整理券配布にいち早く並びたいところだ。
 

「青池保子 華麗なる原画の世界 ~「エロイカ」から「ファルコ」まで~」
場所:京都国際マンガミュージアム
会期:2014年11月1日(土)~2015年2月1日(日)
開館時間:午前10時~午後6時(最終入館は午後5時30分)
休館日:毎週水曜日、12月29日(月)~1月3日(土)
原画入替:12月中旬予定

11月15日より山梨県立美術館にて、特別展「佐伯祐三とパリ ポスターのある街角」が開催される。

佐伯祐三は大正~昭和初期にかけての洋画家。東京美術学校(現・東京藝術大学)卒業後パリに渡り、モリス・ド・ヴラマンクらフォーヴィズム(野獣派)やユトリロの影響を受けた。30歳の若さで亡くなるまで、激しいタッチの作品を残した。

本特別展は平成24年に大阪市立近代美術館で開催され、好評を博した。その後、島根県立美術館、静岡県立美術館、宇都宮美術館と巡回を続け、今回山梨県立美術館にて開催される運びとなった。

展覧会では佐伯祐三作品のほか、佐伯と交流のあった同時代の画家やパリのポスターも展示され、佐伯が魅せられた芸術の都パリの雰囲気をしのばせる構成となっている。佐伯祐三ファンだけでなく、野獣派や近代フランス美術に関心があればぜひチェックしたい。


「大阪新美術館コレクション 佐伯祐三とパリ ポスターのある街角」
会場 山梨県立美術館
料金 一般1,000円、大学生500円、高校生以下無料
会期 2014年11月15日~2015年1月18日(会期中、12月15日に展示替えを実施)
休館日 2014年11月25日、12月1、8、15、22、27~31日、2015年1月1、5、13日
開館時間 9:00 ~ 17:00(入館は16:30まで)

パリ南西部に位置するブローニュの森に10月27日、ルイ・ヴィトン・モエ・ヘネシー(LVMH)出資の現代美術館がオープンする。20~21世紀の現代美術を展示する美術館で、温室をモチーフとした軽やかなガラス張りの建築はフランク・ゲーリーによる設計。LVMH会長のベルナール・アルノー直々のオファーだったという。


本美術館の名称はルイ・ヴィトン財団。財団は美術館機能のほか、フランス国内外の現代アートの支援者としての役割も果たすという。

ただし、美術館のオープンに対しては、ジャン=リュック・ナンシーやジョルジョ・アガンベンら哲学者・アーティストらの連名による抗議声明も出されている。芸術家とスポンサーの関係という現代アートにおける大きな問題であるだけに、関係者の話題を集めている。声明の全文はこちらから読むことができる。

なお、パリ中心部のポンピドゥー・センターでは8日より、フランク・ゲーリー展が開催されている。あわせてチェックしたい。

1852年、ナポレオン3世が皇帝に即位することで始まったフランス第二帝政は、大きく二つの時期に分かれるとされる。皇帝が強権をふるった前半の「権威帝政」と、民主化が進んだ後半の「自由帝政」だ。

この1860年から70年にかけての「自由帝政」 期に活躍した共和主義政治家がエミール・オリヴィエだ。オリヴィエは帝政末期の1969年に首相に就任し、オリヴィエが首相であった時期を特別に「議会帝政」と呼ぶこともある。皇帝ナポレオン3世の下で首相として活躍したエミール・オリヴィエとは、一体どのような 人物だったのだろうか?

エミール・オリヴィエは復古王政下の1825年、共和派の大物政治家デモステーヌ・オリヴィエを父に、マルセイユで生まれた。8歳で母を亡くしたが、王立コレージュ、法科大学を卒業、七月王政期の1847年、22歳で弁護士としてキャリアをスタートした。

翌1848年、二月革命が勃発。 国王ルイ・フィリップは亡命し、第二共和政が樹立した。エミール・オリヴィエは父デモステーヌの伝手で臨時政府委員に任命され、出身地のマルセイユがあるブーシュ=デュ=ローヌ県とヴァール県へ赴任した。

ところが、国立作業場の閉鎖を皮切りに起こった労働者による六月暴動は、オリヴィエの経歴を大きく変えた。暴動はマルセイユでも凄惨を極め、オリヴィエはその責任を取らされオート=マルヌ県へ左遷、翌1849年1月には政府委員を解任された。オリヴィエは一介の弁護士へ戻ることを余儀なくされた。

1851年12月2日、皇帝ナポレオン1世の甥であるルイ=ナポレオン・ボナパルトがクーデタを起こし、対立する共和派議員を一斉検挙した。デモステーヌもベルギーへの亡命を強いられることになる。翌1852年、ルイ=ナポレオンは国民投票によって第二帝政を開始、ナポレオン3世として即位した。

オリヴィエにとって転機となったのは帝政下の1857年に行われた立法院選挙である。前年の裁判における弁護で有名人となっていたオリヴィエは、共和派の地盤であるパリから代議士に選出された。同じく共和派のダリモン、ファーヴル、ピカール、エノンと共同で「五人組」と呼ばれる派閥を形成し、野党のスター政治家として国政に躍り出た。

オリヴィエは私生活の面でも興味深い人間関係を持っている。1857年には音楽家フランツ・リストの長女ブランディーヌと結婚した。

1863年、立法院の改選に際して、オリヴィエはパリから再選された。この選挙では穏健共和派が議席を拡大し、「第三党」と呼ばれる派閥を形成した。これを危惧したのが立法院議長シャルル・ド・モルニーである。ルイ=ナポレオンによる1851年クーデタの陰の立役者だったモルニーは、野党の中心人物であるオリヴィエを懐柔することで、政権の維持を画策したのである。

翌1864年、オリヴィエはモルニーと協力し、労使対立における団結権を認める法律案の作成に携わる。オリヴィエは委員会報告者として労働者の権利拡大に尽力したが、このことはかつての仲間であった共和派との間に溝を深める結果となった。

1869年の立法院選挙でオリヴィエは共和派の支持を失い、パリで落選してしまう。 代わりにオリヴィエを選出したのは地元ヴァール県だった。かくして彼は三選を果たす。

オリヴィエが首相に任命されたのはこのすぐ後である。 翌1870年1月に組閣、4月にはラマルティーヌの後を襲ってアカデミー・フランセーズ会員に選出された。おそらく、このときがオリヴィエの人生の絶頂だった。

同年、ビスマルクの挑発に応じて普仏戦争を敢行。戦況の悪化に伴って与野党からの支持を失い失脚、イタリアに亡命した。

帝政崩壊後の73年に帰国。選挙に出馬するも結果は芳しくなく、以後は帝政を擁護するため著述活動に専念した。

このとき著されたのが第二帝政に関する記念碑的著作『自由帝政』である。全17巻+索引からなるこの大部の著作は、現在に至るまで一級史料として第二帝政研究者から参照され続けている。

第一次大戦勃発直前の1913年、オリヴィエは南仏オート=サヴォワ県にて死去。 第二帝政崩壊から43年、あまりに長すぎる余生であった。

なお、オリヴィエを含めた第二帝政について手軽に知るなら、鹿島茂『怪帝ナポレオン3世』、ティエリー・ランツ『ナポレオン3世』などが参考になる。研究書なら野村啓介『フランス第二帝制の構造』が権威帝政と自由帝政の区分や行政制度について考察している。あわせて参照されたい。

卒論(または修論やレポート)の体験談として必ず聞くものに「データ紛失」がある。これまで卒論に取り組んできた多くの学生がデータ紛失の憂き目にあっている。

自分だけは大丈夫、そう思っていても必ず体験するのがデータ紛失だ。なぜなら卒論は文字数が多いため、今までにない容量が必要となる。そのためワードやパソコン本体に負荷がかかり、フリーズしてしまうことも少なくないのである。

そうした事態を避けるため、バックアップを取るようによく指導される。しかしながらUSBメモリでは不十分だ。USBは消耗品。使っているうちにデータが読み込めなくなってしまう。何度も上書き保存を重ねる卒論データの保存には向かない。

そこで本エントリでは、卒論データのバックアップに最適な方法を3つ紹介する。卒論執筆中の読者のお役にたてば幸いである。

1. evernote、dropbox等オンラインストレージ

オンラインストレージならデータが消える心配はまずないと言ってよい。容量も卒論程度なら全く問題はないだろう。主なものにはevernote、dropbox、google driveなどがある。ただしごくまれに情報漏洩の危険があることは認識しておきたい。

2. メールの添付ファイル

アナログなようで意外と使えるのがこの方法だ。上のオンラインストレージと同様、学校など外出先からでもファイルを開けるのが嬉しい。ただし操作を間違えると簡単にデータが消えてしまうので、ファイル添付の操作は慎重に行いたい。

3. 外付けハードディスク

USBメモリより安全度が高いのが外付けハードディスクだ。やや値は張るが、容量が多く、就職してからも使用できることを考えると悪くない買い物と言えるだろう。amazon.co.jpなどでは以下に掲載したHDDのように、割引きされた商品を見つけることもできるので要チェックだ。




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2014年のノーベル経済学賞受賞者であるジャン・ティロール(Jean Tirole)氏が22日、twitterを開始した。受賞に感謝する旨をつぶやいた最初のツイートから数時間程度で、早くも1000人を超すフォロワーが集まっている。


ジャン・ティロール氏はジャン=ジャック・ラフォン財団(トゥルーズ第1大学経済学部)の代表を務める経済学者。社会科学高等研究院でも教鞭を執っている。2014年、「市場の力と規制」についての研究が評価され、ノーベル経済学賞を受賞した。

なお、ティロール氏の講義は以下のシラバスから閲覧することができる。2014年度は産業組織と金融に関する大学院生向けの講義が行われる模様。同じ社会科学高等研究院では『21世紀の資本』のトマ・ピケティ氏も教鞭を執っている。あわせてチェックしたい。
http://www.ehess.fr/fr/enseignement/enseignements/2014/ue/669/ 

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