tabei junko


本日9月22日は田部井淳子の誕生日。これを記念してGoogleトップページも特別アニメーションに変更されている。

田部井淳子は1975年5月16日、女性として世界で初めてエベレスト登頂に成功した。その他にも七大陸最高峰を制覇している。そんな田部井淳子とはいったいどんな人物なのだろうか。

田部井淳子は1939年9月22日、福島県の三春町という小さな自治体で生まれた。山への興味が芽生えたのは10歳の時に那須の茶臼岳に登った経験がきっかけだという。昭和女子大学の英文科を卒業後、社会人の山岳会に入って登山活動を続けた。

田部井淳子は「女性初のエベレスト登頂者」としてよりも「世界で36人目の登頂者」として記憶されることを望んだが、彼女が女性史に果たした役割の大きさは疑い得ない。田部井淳子は1969年に日本初の女性の山岳クラブを設立、これは当時のジェンダー観からすると革新的な事だった。

田部井淳子によるエベレストへの挑戦は1975年に行われた。15名のクライマーと6名のシェルパから成る登山隊がおよそ9千フィートまで到達したとき、キャンプを雪崩が襲った。3日間かけて修復した後、田部井は5月16日に山頂へ到達した。わずか145センチメートルという小柄な身体ながら、このとき田部井淳子に付き添ったのはアン・ツェリンという名前のわずか1名のシェルパだけだった。

田部井淳子はその後も挑戦を続け、76か国を渡り歩いて世界七大陸の最高峰を制覇。今日のGoogleロゴも七大陸最高峰を渡り歩く田部井をモチーフにしている。

田部井淳子は2016年10月20日に癌のため亡くなった。77歳だった。彼女の意志を受け継ぐため、息子の田部井進也氏によって「田部井淳子基金」が創設されている。また、彼女自身によるエッセイ『それでもわたしは山に登る』が文春文庫から発売されている。興味を持った方は手に取ってみてはいかがだろうか。