Alex-Karp
個性的なヘアスタイル、鋭い眼光。一度その風貌を見れば誰もが彼の存在を脳裏に刻むだろう。この人物こそUberやAirbnbに並ぶアメリカ有数のユニコーン企業であるパランティア・テクノロジーズ社のCEO、アレックス・カープ (Alex Karp) である。

パランティア・テクノロジーズ社とは?

パランティア (Palantir) は2004年創業のデータ分析企業。社名はトールキンの『指輪物語』に登場する特殊道具、全てを見通す水晶に因んでいる。公式webサイトの背景画像に米軍の作戦展開の様子が採用されていることからも示される通り、主な顧客にはCIA、NSA、FBIといった官庁および軍のほか、ブッシュ政権の大統領補佐官コンドリーザ・ライスやCIA元長官ジョージ・テネットの名前が並ぶ。日本でもローソンや富士通、凸版印刷が同社のソフトウェアを採用しているという。

パランティア・テクノロジーズ社の企業価値は2017年6月の段階で224億4千万ドル。報道関係者の間では同社がオサマ・ビン・ラディンの捜索に関与していたとも噂されているが、公式には否定されている。徹底的な秘密主義を旨とするパランティアは、シリコンバレーの中でも特にミステリアスな企業であるとされる。

アレックス・カープとは誰か

そんなパランティアのCEO、アレックス・カープは1967年10月2日、米国フィラデルフィアで生まれた。父親が芸術家、母親が小児科医という知的・文化的に恵まれた家庭環境であった。いずれも左翼思想とヒッピー文化によって特徴付けられる両親は、少年時代のアレックスを連れて、ロナルド・レーガン大統領の新自由主義的な経済政策に抗議するデモ活動にほぼ毎週末参加したという。

アレックス・カープは地元の高校を卒業後にハバフォード大学へ入学、続いてスタンフォードのロースクールを修了と、典型的なエリートコースを歩んだ。彼のキャリアが特異なのはその後である。ロースクールを出たカープは法曹の道に進むことなく、フランクフルト・ゲーテ大学(ドイツ)の博士課程に留学する。指導教員は『公共性の構造転換』等の著作で知られるフランクフルト学派のユルゲン・ハーバーマス。カープはこの20世紀を代表する社会哲学者の下でタルコット・パーソンズに関する博士論文を執筆、哲学博士号を取得している。

ここまでの経歴の一体どこに後のパランティアに繋がる要素が存在するのか、誰もが疑問に思うだろう。実はアレックス・カープはスタンフォードのロースクール在学中、人生を左右するキーパーソンと出会っていた。その人物こそピーター・ティールである。

PayPalを創業しFacebookへ大口の出資を行うなど、米国有数の起業家として知られるピーター・ティールは、後のパランティアCEOとはスタンフォード時代の同窓の関係であった。2018年に翻訳が刊行されたピーター・ティールの伝記によれば、両親の影響から左翼思想が深く刻み込まれたカープに対してティールは自由主義的な傾向が強く、両者の政治的見解は正反対であった。二人は議論を通じて互いの知性を認めあい、交友を深めたという。

経済的左派、文系院生かつ哲学専攻とビジネスの対極に位置するかのように思われるアレックス・カープであったが、実は彼には投資の才能があった。祖父の遺産でスタートアップ企業に対する投資を行ったところ大きな成功を収め、ロンドンでファンドを設立したのだ。

一方その頃、友人のティールはといえばPayPalを売却し、次なる事業を模索していた。彼がデータ解析の事業を立ち上げるに当たってCEO候補者として目をつけたのが、ドイツで哲学博士号を取得したばかりの旧友であった。大学院で難解な論文を解釈する訓練を積んだアレックス・カープには、複雑な技術的問題を噛み砕いて説明できる能力が身についていた。パランティアの創業者たちはすぐに彼の能力を認め、チームの一員に加えることを決めた。

パランティアにおける挑戦

アレックス・カープはパランティア・テクノロジーズ社のCEO就任後、ジョン・ボインデクスター(レーガン政権時の国家安全保障補佐官)などといった政府高官に助言を求める。そもそもはペイパルの不正検知システムに起源を持ち、ビッグデータの分析による犯罪抑止・安全保障を目的とするパランティアの構想は彼ら政府関係者の支持を集め、カープは元CIA長官ジョージ・テネットをはじめ多くの政府系人脈を得た。

パランティアの特徴は独自かつ質の高いデータ組織化技術にある。同社の主要製品であるソフトウェア「GOTHAM」(ゴッサム)は「ダイナミック・オントロジー」と呼ばれる技術を用いることにより、非構造化データの分析において圧倒的な強みを持っている。Dynamic Ontology。哲学者なら「動的存在論」とでも訳せそうなこの概念は、データ内における情報の定義を柔軟に解析することを可能にする技術である。例えば、捜査データに記された「部長」という用語は一般名詞として使われている場合もあれば、ある特定の人物の呼び名として機能する場合もある。ソフトウェア「パランティア・ゴッサム」はデータ処理において、用語の定義を場合に応じて変化させることが可能なのだ。その高い技術は利便性において顧客の絶大な信頼を得、口コミによりさらなる顧客を獲得するのだ。

そんなパランティアを率いるアレックス・カープの信条は独身主義。また気功・瞑想を趣味とし、合気道や柔道を習得している。シリコンバレーには「変人」が多いと言われるが、彼の場合は群を抜いている。哲学の博士号を取得しているカープは、社員から「ドクター・カープ」と呼ばれているという。

2018年5月、スタートアップキャンパス「スタシオンF」の開設に象徴されるようにテック系企業の誘致を進めるフランスのエマニュエル・マクロン大統領によって、Facebookのマーク・ザッカーバーグらとともにカープはエリゼ宮(大統領府)へ招かれた。また、ドイツに本社を持つ出版社「アクセル・シュプリンガー」の監査役に近く就任することも予告されている

ハーバーマスの下で博士号を取得した後にスタートアップを創業したアレックス・カープの経歴は、テクノロジーの進歩に伴い産業構造が急速に変化する一方で、大学におけるポスト削減に伴い博士人材の活用が問題化するわが国にとっても示唆的である。シリコンバレーを代表する独創的な経営者の今後に要注目だ。

References

  1. トーマス・ラッポルト(赤坂桃子訳)『ピーター・ティール : 世界を手にした「反逆の起業家」の野望』飛鳥新社、2018年。
  2. 『WIRED』Vol. 6、コンデナスト・ジャパン、2012年11月。
  3. 齋藤芳充、吉川浩史「ビッグデータ分析による不正取引検知の分野で急成長するパランティア・テクノロジーズ 」『野村資本市場クォータリー』20(4)、2017年、80-90頁。
photo: resize3-parismatch.ladmedia.fr