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本日6月3日はジョセフィン・ベイカーの誕生日。これを記念してGoogleトップページも特別ロゴに変更されている。

Googleロゴに描かれたジョセフィン・ベイカーは、20世紀初頭のフランスで活躍した黒人女優。まだ人種差別の激しかった時代に「黒いヴィーナス」としてパリの芸能界で話題をさらったこの女性、一体どのような人物なのだろうか。 
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ジョセフィン・ベイカーは1906年6月3日、アメリカ合衆国セントルイスで生まれた。貧しい家庭の私生児という恵まれない境遇の中、ジョセフィン・ベイカーは十代でニューヨークへ上京、ミュージカルのコーラスガールとして活動した。

時は「狂騒の」1920年代。チャールストンの激しいダンスを習得したジョセフィン・ベイカーは単身渡仏、1925年にはパリのシャンゼリゼ劇場でダンサーとしてデビューする。
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1920年代はアメリカだけだなく、フランスにとっても「狂乱の時代」だった。落成したばかりのシャンゼリゼ劇場で衝撃的なデビューを果たしたジョセフィン・ベイカーは、エキゾチックで過激な舞踏によりヨーロッパのダンスシーンを虜にする。

ちなみにジョセフィン・ベイカーが登場する20年前にも、パリで活躍した一人の黒人芸人がいた。キューバの奴隷として生まれたラファエル、芸名「ショコラ」である。ショコラはイギリス人道化師のフティットと二人でパリのシルク(サーカス座)において人気を集めたが、パリの芸能界は黒人の成功を許さず、不遇な後半生を送った。



ショコラが活躍してから20年、ジョセフィン・ベイカーも多くの苦杯をなめたが、同時にピカソやヘミングウェイといった多くのセレブを虜にするなど、次第にその注目度を高めてゆく。ジョセフィン・ベイカーは1937年にはフランスの市民権を獲得した。

その2年後の1939年、ナチス・ドイツがポーランドに侵攻し、ヨーロッパで第二次世界大戦が始まる。ドイツはフランスに占領され、南仏のヴィシーを中心とする親独政権が樹立された。ジョセフィン・ベイカーはこれに対し、シャルル・ド・ゴール将軍率いる自由フランスに合流、最前線でレジスタンス活動に従事するなど、フランス国民として国家のために尽くした。この功績のため、ジョセフィン・ベイカーは後にフランスの最高勲章であるレジオン・ドヌールを受賞している。

女優として比類なき成功を収めたジョセフィン・ベイカーだったが、彼女に最後までつきまとったのは人種差別の影だった。1951年にニューヨークのクラブに入ろうとした際、ジョセフィン・ベイカーは黒人であることを理由に入店拒否されるという事件が起こる。偶然居合わせた映画女優のグレース・ケリーは彼女をかばい、二人の交友は生涯続くこととなる。
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以来、ジョセフィン・ベイカーは社会運動家としての顔を持つようになる。1963年、キング牧師の主導により行われた有名なワシントン大行進では、多くの有名人とともにジョセフィン・ベイカーも参加している。
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ジョセフィン・ベイカーは1975年4月12日に亡くなった。68歳だった。ちなみに今日のGoogle特別ロゴは日本の他にもジョセフィン・ベイカーの活躍したフランスなど世界各地で見ることができ、彼女が現在まで人々の記憶に残り続けていることを表している。