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今日はマリー・アレルの誕生日。Googleロゴも特別イラストに変更されている。ところで、マリー・アレルってどなた?

マリー・アレルは1761年4月28日生まれのフランス人。クリーミーな白カビチーズの代表であるカマンベールチーズの生みの親とされる女性だ。
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マリー・アレルが生まれたのはフランス北西部ノルマンディー地方のオルヌ県にあるクロットというコミューン(小村)。カマンベールチーズの名前の由来となったカマンベール村とはすぐ隣同士の関係にある。マリー・アレルは1785年にこのカマンベール村に住む小作農(ラブルール)であったジャック・アレルと結婚し、カマンベールに移住した。



マリー・アレルがカマンベールチーズを発明したのはフランス革命中のこととされる(※諸説あり)。旧体制(アンシャン・レジーム)の打倒を図った革命政府は、自らの理念に反する貴族やカトリックの聖職者を次々に投獄・弾圧していった。

革命政府はカトリック教会を国家の統制下に置くことを目的とし、1790年に「聖職者民事基本法」を発布した。この法律は聖職者に対し国家への宣誓を求めるものであったが、中には聖書以外への誓いを立てることを拒む聖職者も存在した。「聖職者民事基本法」はローマ・カトリックの聖職者にとって、いわば共和国による「踏み絵」としての機能を果たしたのである。
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カマンベールチーズから少し話がそれたが、マリー・アレルがカマンベールチーズを発明するきっかけとなったのもこの「聖職者民事基本法」がきっかけである。1791年のある日、国家への宣誓を拒否したシャルル=ジャン・ボンヴという名前の司祭がマリー・アレルの働いていたボーモンセルの屋敷へ逃げ込んだ。共和国への反抗はギロチン刑の可能性もある重罪である。マリー・アレルはこの司祭をかくまうことに決めた。

ちなみに、当時の聖職者は様々な特殊技能の持ち主でもあった。シャンパーニュ地方の修道士ドン・ペリニヨンが高級シャンパンを発明したことは有名だが、当時の教会は経費捻出のためリキュール醸造などを行っていた。マリー・アレルのもとへ逃げ込んだ司祭シャルル=ジャン・ボンヴもそうした一人で、恩人であるマリー・アレルに対してチーズを白カビでコーティングする方法を伝授したのだ。

この話は根拠があるわけではなく、カマンベールチーズの発明に関しては異説もあるが、現在では多くの人々に親しまれる逸話となっている。マリー・アレルは1844年まで生きたとされ、その生涯の間にナポレオン・ボナパルトにカマンベールチーズを献上してキスを授かったなどという伝説も残っているが、定かではない。

1928年、マリー・アレルの亡くなったとされるヴィムーティエ村に彼女を記念する銅像が建造された。チーズ製造事業で財を成したアメリカ人の手によるものだった。像はその後、第二次大戦のノルマンディー上陸作戦の際に破壊の憂き目にあったが、再建されて今に至る。

なお、今日のGoogleロゴ変更は記念日を祝う「Doodle」(ドゥードゥル)によるもの。今日はカマンベールチーズを産んだマリー・アレルとフランス革命の歴史に思いを馳せてみてはいかがだろうか。