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今日はエジプトの建築家ハッサン・ファトヒーの誕生日。これを記念して、Googleのトップページも一日限定で特別ロゴに変更されている。 

これはGoogleの記念ロゴ「Doodle」(ドゥードゥル)の一環として企画されたものだ。 Doodleの公式webサイトによれば、今日の特別ロゴは日本の他にも、ハッサン・ファトヒーの祖国であるエジプトをはじめとする北アフリカ諸国など一部の国・地域で見ることができるようだ。そんなハッサン・ファトヒー、一体どのような人物なのだろうか?

ハッサン・ファトヒーは1900年3月23日、エジプトのアレクサンドリアで生まれた。1926年にキング・フアード大学(現在のカイロ大学)を卒業した後、芸術大学に就職し、建築家としてのキャリアをスタートした。

ハッサン・ファトヒーは大学で近代的・西洋的な建築技術を学びながらも、それに依存するのではなく、エジプトに古くから伝わる建築技術や材料を利用することを選んだ。中でもハッサン・ファトヒーの独創性として現在まで評価が高いものに、「バードギール」の利用がある。バードギールとはペルシャ建築に起源を持つ採風塔のことで、ハッサン・ファトヒーはこれを利用することで従来の近代建築にはなかった開放的な空間表現を実現したのである。
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その他、ハッサン・ファトヒーの建築作品に特徴的な要素として、日干しレンガの利用がある。以下の写真はハッサン・ファトヒーの代表作とされるルクソールの西方、クルナにあるモスクである。普通、モスクといえば高くそびえ立つ尖塔(ミナレット)が特徴的だが、ファトヒーの建築では地域の風土に合わせた穏やかな外観をしている。
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その後、ハッサン・ファトヒーはエジプト政府の要請に応じて仕事をしたり、1957年以降はアテネに移住して国際的な都市計画に携わるなどし、世界にその名声をとどろかせていった。後年、ハッサン・ファトヒーはその建築学における功績を評価され、国際建築家連合によりUIAゴールドメダルを授与された。これは現在まで世界で11名のみが受賞した賞であり、他の受賞者には世界的建築家のレンゾ・ピアノや、日本人建築家の槇文彦、安藤忠雄などがいる。

ハッサン・ファトヒーは自ら建築の設計に携わるだけでなく、地域の住民に自分の家を自分で補修する技術を教え込んだ。ハッサン・ファトヒーは建築家であると同時に、都市プランナーでもあったのだ。先述のモスクがあるクルナ村では、ハッサン・ファトヒーのイニシアチブにより「ニュー・クルナ計画」が実現。ファラオの墓が密集するルクソールに近いクルナは現在、エキゾチックな観光地「墓泥棒の村」として、世界中の観光客を集める村となっている。

ハッサン・ファトヒーは1989年11月30日、カイロで死去。89歳だった。ハッサン・ファトヒーはエジプトを代表する建築家として、ピラミッドの発明者とされる古代の神官イムホテプと並んで讃えられている。

photo: wikimedia.org