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本日10月4日は、ローマ・カトリック教会がグレゴリオ暦の採用を正式に決定した日。これを記念して、Googleトップページのロゴも一日限定で特別イラストに変更されている。

このトップページ変更はGoogleのお遊び機能である「doodle」(ドゥードゥル)によるもの。doodleの公式webサイトによれば、この特別ロゴは日本の他、アメリカ合衆国やメキシコ、ヨーロッパ各国、ニュージーランドや韓国など一部の国・地域で見ることができるようだ。

グレゴリオ暦制定の歴史的背景

グレゴリオ暦への改暦は1582年10月4日、ローマ・カトリック教会の教皇グレゴリウス13世によって行われた。当時ヨーロッパを中心とするカトリック世界で使用されていた「ユリウス暦」は古代ローマのユリウス・カエサルの時代から使用されていたもので、制定から長い年月を経て、その不備が目立つようになっていた。

そこでグレゴリウス13世はシルトレ枢機卿を中心とする委員会に改暦を依頼。委員会には天文学者のクラヴィウスなども参加した。こうして1582年10月4日の翌日を10月15日とすることで誤差を正し、新暦であるグレゴリオ暦が成立した。

宗教改革の影響

ところが、そんなグレゴリウス暦は制定当初、イタリア、スペイン、ポルトガルなど一部の国でしか採用されなかった。これに対し、現在のイギリスやドイツ、ロシアなどでは依然としてユリウス暦の使用を続けた。なぜ不備があることが明らかな暦が使用され続けたのだろうか?

じつは、グレゴリオ暦の改暦はカトリックによる「対抗宗教改革」の運動の中で決定されたものだった。ルターやカルヴァンによるプロテスタント運動に対抗し、カトリック側はトリエント公会議(1545年~)で協会改革運動を実施、グレゴリオ暦制定もそうした中で行われた改革運動だったのだ。

結局、ドイツは1699年、イギリスは1752年にようやくグレゴリオ暦を採用した。東方正教会に至っては現在もユリウス暦の使用を続けている。カトリックといえばガリレオの宗教裁判などで知られるように非科学的なイメージを持たれる傾向があるが、暦の問題に関していえば(現代から見た後知恵ではあるが)カトリック世界の方がプロテスタントよりも「先進的」であったことは興味深い。

その後のグレゴリオ暦

1789年に始まったとされるフランス革命ではカトリックの権威が否定され、グレゴリオ暦も問い直されることになった。1793年、ロベスピエールの革命政府は「共和暦」(Calendrier républicain)を制定。十進法による「科学的」な暦であったが、60進法に慣れたフランス国民には不評で、ナポレオンによって廃止された。カレンダーが絶対ではなく、権力の恣意によって変わることを示す例である。

なお、日本にグレゴリオ暦が入ってきたのは1872年(明治5年)の明治維新の頃。翌1873年の元日から新暦が施行されたが、慣れない西暦に混乱が多発したという。

ちなみに、2007年の東大入試の世界史では暦に関する問題が出題された。興味のある方はチャレンジしてみてはいかがだろうか。
現在、私たちが用いている西暦は、紀元前1世紀に古代ローマで作られ、その後ローマ教皇により改良された暦を基礎としている。しかし、ヨーロッパにおいても、時代や地域によって異なる暦が用いられており、しばしば複数の暦が併用された。以下の問いに、(a)・(b)を付して答えなさい。

(a) フランスでは、18世紀末と19世紀初めに暦の制度が変更された。これらの変更について、2行以内で説明しなさい。
(b) ロシアでも、20世紀初めに暦の制度が変更された。この変更について、1行以内で説明しなさい。